2.俺以外見るんじゃねぇ
作:かぎ
暗くて賑やかな光が点滅している店内。歓声や落胆の声で賑わう人ごみの中、俺は目的の機体を目指していた。 「相手を叩いたり蹴ったりするのがそんなに楽しいかね」 その後ろを、彼女が付いて来る。どうも、今日のデートコースに不満があるようだ。良いじゃないか、ゲーセン。俺は心の中で一人呟いた。 ピンクやオレンジのふかふかファンシーぬいぐるみを日がな一日眺めるだけのデートよりはよっぽど良いと思う。 けれど、ここで言い争っている暇は無い。 今日こそは、10人抜きの偉業を達成する心積もりだからだ。 このゲーセンは店内対戦も盛んで面白い。ここで10人抜きを達成するのが俺のもっぱらの夢だった。 「フミも挑戦してみたら?面白いよ、格ゲ」 店内対戦ブースには既に人だかりが出来ていた。 土曜の午後はいつもこんな感じだ。向かい合うように設置されたゲーム機。名前も知らない相手と緊張の対戦。負けたほうは、すごすご席を交代しなくてはならない。 俺は席待ちついでに彼女に話を振ってみた。 これで彼女がゲームに興味を持ってくれたら、これからの週末が楽しくなるかもしれないという計算も勿論有ったわけだ。 「格ゲ?その略し方がマニアですね、ダンナ」 しかし、彼女は非常に丁寧な言葉遣いで、俺を鼻で笑っただけだった。 こんな様子では、二人で対戦台を支配するという儚い夢は、本当に夢のまま終わるだろう。 「そんな事より、ね、キョウちゃん…」 俺の落胆をよそに、彼女が妙に猫なで声で俺を呼んだ。 彼女がこんな声を出す時は、決まって俺が血の涙を流す時だ。 恐る恐る、彼女の視線を追ってみた。 そこには、ピンクやオレンジのふかふかファンシーぬいぐるみ。まずい事に、対戦台のすぐ隣がUFOキャッチャーブースなのだ。 最近の景品は本当に良く出来た物ばかり。精巧で肌触りが良くしかも可愛い。そんなぬいぐるみが、その可愛らしいビーム全開で彼女を呼び寄せているのだ。 ―まずい。 俺の横で彼女の瞳が熱っぽく煌いていた。 今日の俺の目的は、対戦10人抜きの偉業でありファンシーな世界は遠慮したいのである。 言葉に詰まっていると、遠慮がちな力で袖の端を引っ張られた。 くい、くい、と二回。 だめだ。 俺は葛藤している。 今日の目的は格闘ゲームで、隣の彼女はファンシーで、そもそもデートで、その先にはピンクとオレンジ。 「……フミ、俺以外見るんじゃねぇ」 とにかく、彼女の顔を両手で持ち上げ、UFOキャッチャーからそむけてみる。 「キョウちゃん?」 しかし、俺のほうを向いた彼女は、照れた様に微笑んで。 その様子が、とても可愛い。 この顔を見てしまうと、どうしても彼女の喜ぶ顔が見たいと、そんな気持ちになってしまう。 頭のどこかで、 『さようなら、俺の偉業』 そんな言葉が、響き渡った。
2005/05/21
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