Return
全てを通り越して [ 06 ]
作:かぎ

 彼女の部屋の玄関で、二人向かい合う。
 しばらく沈黙した後、彼女は不快そうに眉をひそめた。

「こないだは、私のこと、気味が悪いって、言っていました」
「ごめん。アレ、嘘。本当は、お前のこと、好きなんだ」

 何だか、重大なことを口に出しているはずなのに、妙に気持ちだけが落ち着いてきた。
 何度も口に出して言葉を繋ぐと、自分の中で妙に納得してしまう。当たり前のこと、大前提が、ぱっと見えた気がした。
 逆に、彼女は困ったように俯いてしまった。

「あのさ。俺、もしかして、ストーカー?」

 ふと、頭に浮かんだ疑問を、ぶつける。
 こんな事を聞くと、更に彼女を混乱させてしまうかもしれない。そう思ったが、意外にも彼女は、顔を上げて俺を見た。
 真っ直ぐ、視線がぶつかる。

「分かって、いたんですか?」
「スマン。今更こんな事を言っても、許されないが……今まで、気がつかなかった」

 街で偶然再会した彼女のマンションまで、勝手に来て出待ちをしていた。アウト……だな。
 嫌がる彼女の携帯番号を聞きだした。……半分脅迫のような形だった。アウトだ。
 メールを強要していた。
 あまつさえ、呼び出して映画を一緒に見た。楽しかった。
 今日だって、また押しかけてきた。
 どう考えても、常識ある大人の男がする事じゃない。俺は、久しぶりに再開した彼女を見て子供の頃を思い出した。そして、女との接し方を知らない子供だったと自分を責めたが……今だって、十分、大人じゃなかった。子供の頃から、全然成長していないじゃないか。
 どんなに、彼女の事を怯えさせてしまったのだろう。

「木原、俺は……!」

 俺が口を開きかけたその時、彼女はくるりときびすを返した。
 そして、玄関の近くに立てかけていたスリッパをぱたりと床に置く。

「あの、玄関は冷えますから……どうぞ」

 それだけ言って、彼女は部屋へ向かって歩き出した。
 部屋に上がっても良いものか。しばらく悩んだが、結局お邪魔しますと声をかけ、スリッパに足を突っ込む。
 しかし、ちょっと気になって、彼女に声をかけた。

「木原。ストーカーの俺が言うのもなんだけど……。一人暮らしの部屋に、男を入れるのって、気を付けた方が良いぞ?」

 すると、彼女はぴたりと足を止め、くるりとこちらへ振り向いた。

「ガンちゃんは、そんな事、しませんよね?」

 小首を傾げる様が、可愛いと思う。
 向けられる純粋なまなざしに、勿論そうだと、勢い良く首を縦に振った。

(2008/12/15)

Back|Next