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7.関係ない、そのこころが真実ならば
作:かぎ
他の誰とも違う。
そんな自分を、誰が分かってくれるのか?
勿論、貴方に分かろう筈も無い。
けれど、そう言って離れようとした時に、貴方が見せた寂しげな表情は忘れられない。
「あっ、動いた、動いたよっ」
リンナさんの腹の上で、セイカが目を輝かせ叫んだ。その様子に、リンナさんは目を細めて微笑んでいる。が、俺は、むっとして顔をしかめた。
だいたい、俺だって動いた所に触れる何て事、めったに無いのに、何故セイカが触れると動くのか。臨月が近づき、腹が目立ってきたリンナさん。その腹の中の赤子の態度に、俺は少しセイカに嫉妬する。
「あら、いやだ、お父さんが変な顔で睨んでる、何か悪いものでも食べたのかしら?」
それに気がついたのか、セイカがにやりと笑いながら、こちらを見た。
その手は、まだリンナさんの腹をさすっている。
「だいたい、ご大層な護衛までつけて、一体何の用だよお前」
俺は二人が座るソファから少し離れた場所で、舌打ちしながらセイカを睨んだ。
戦闘も無い、訓練も無い、そんな休日にこの女は、ご大層な護衛を引き連れて俺の部屋までやってきたのだ。流石、赤リングと言うところか。護衛は二人、部屋の外で待機しているはずだ。
「うーーーーん、とね」
すると、セイカは困った様に俯いた。
まさか、用事も無いのに、一兵士の部屋まで出張ってきたのだろうか。この何も無い休日に。俺とリンナさんの二人の時間を引き裂いてまで。
何、そのイヤガラセ?
俺の心の声が聞こえたのだろうか、セイカは一度頭をかく仕草を見せ、それからいつに無く真剣な表情でこう切り出した。
「うん、二人のなれ初め……、ううん、どうして一緒になろうって決めたのかなって」
俺はその言葉に、ひっくり返りそうになりながら、必死で言い返した。
「ちょっと待て、まさか、そんな話を聞きにわざわざ……」
「あら、だって式も披露宴も無しでしょ? じゃあ、誰がそれを聞くって言うの? ねぇ二人はどうして結婚したの?」
俺が慌てたのが良くなかったのか、セイカはここぞとばかりににやりと微笑んだ。
そんな事を言われても、まさか『本当は殺すはずの彼女を連れ帰りました』なんて、誰が言えるか。
俺は、ぐっと言葉につまりそのまま部屋の天井を仰いだ。
「なぁにぃ? 気になるわぁ」
セイカは、ますます調子に乗り、リンナさんを抱きしめて俺を攻めた。
そこで、何故リンナさんを抱きしめる必要があるのか、しかし俺はセイカの質問に答える事ができないまま悶々とその場で立ち尽くした。
「宇宙です」
その時、優しい声が部屋に響く。
リンナさんは、セイカの腕の中で、窓の外宇宙の空間を見つめそう呟いた。
宇宙、何の事だ?
俺は不思議な気持ちで、リンナさんを見た。
「はーん、それが馴れ初めって、まぁパイロット同士って事か」
セイカは、それ以上何を言うわけでもなく、その一言に納得してしまったようだ。
上手い事言う物だなと、感心する。
こんな時、言葉少ないリンナさんをひそかに尊敬したりもする。
「あまり参考になりませんね、すみません」
リンナさんはそんな俺の思いを知る事無く、セイカの頭を撫でていた。
セイカは、驚いた様に飛びあがり、観念した様に立ちあがった。
「パイロット同士か、だったらお互いの事も分かるわよねぇ」
そうして、懐から黄色い色のリングを取り出して放り投げた。
それは、俺にとっては衝撃だった。誰かが、セイカにそれを手渡したと言う事だろう。けれど、リンナさんはそれを見てもさして驚いた風も無く微笑んでいる。
一体誰が、いや、そんな事はどうでも良いのか。いや、それでも、混乱する。突然我が家に来て、それは無いだろう。
「あのですね」
ぼんやりと黄色いリングを掴み立ち尽くすセイカに、リンナさんは語りかけた。
「違うのは不安ですか? 分からないのは怖いですか?」
その問いに、セイカは肩をすくめ頷く。
この女は、いつも威勢が良くて愛想が良くて陰湿に俺にインネンをつけるがリンナさんには何故か素直な子供の様だ。
「私は、最近思うんです、そんな事はきっと関係無い、愛しい思いはそれとは違うところに有るんです、その心が真実ならば」
「あたしとアイツは違うわ」
セイカのうわごとのような呟きに、リンナさんが頷く。
「それに、あたしの事なんて、分かってもらえない」
それでも、愛しいと言う心は、それとは別のところで、きっと有る。
リンナさんはそう言う。
そう言う事だったら、俺は嬉しい。
ずっと、俺なんかとは違うと思って居たリンナさんが、それでも俺の側に居てくれるのは嬉しい事なんだ。
セイカは、大切そうに黄色リングを仕舞い込み、いつもの上品な笑顔を作った。
「もう、時間、姉さんまたね」
リンナさんは、それ以上何も言わず、セイカを見送った。
彼女は、護衛の二人を従え、自分の部屋へ戻って行く。
「赤リングは、やっぱ凄いな、休日に護衛付きか」
俺の事など眼中に無い態度が少しだけ憎らしい。
鼻の上をかきながら、俺は冗談交じりに皮肉った。
リンナさんは、突然、首を横に振り俺の口を塞いだ。
「あのね、あれは監視官なんです、普段は部屋から出る事すら許されていない筈だから」
その表情は、とても悲しそうで、俺の心を強く打った。
護衛ではなくて、監視官。
その上、部屋から出る事すら許されない。それは、多分、リンナさんだから分かった事だ。知っているから。その生活を、他の誰でもない、リンナさんも強いられてきたんだった。
「……、すまん」
それを思うと、俺の軽い一言がどんな意味を持った事か。
俺は、項垂れ、息を吐き出した。軽々しい自分の口が恨めしい。
「でも、きっと大丈夫、彼女は大丈夫です」
リンナさんは、俺を抱きしめ、俺を慰める。
何て暖かい手と温かい声。
俺は、自然に、リンナさんの背に腕を回し安堵の息を漏らした。
彼女に、ありがとうを言いたい。
一緒に居てくれて有難う。
今日を有難う。
それから、あいつに黄色リングを渡したのって誰?
言いたい事は沢山あるんだ。
だから、いつもの様に、二人で夕食を取ろう。
俺はいつもの様に彼女の手を引き、彼女の微笑む様を見つめた。
それが、全く違う俺達二人の手に入れた、幸福だと信じてる。
[End]