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6.だからもう忘れてください

作:かぎ

 手を繋いで歩く。
 それは、何故だろう? 繋がれた手を見ながら、時々疑問に思う。私は軍の生活も長かったので、このフロアで迷う事は多分ない。それに、一般の居住区内でも標識をきちんと見ていれば、目的の場所にきちんと辿り着ける筈だ。
 けれど、サブローさんは殊更手を繋いで歩きたがる。
 何故だろう? それが、私にはとても嬉しい。

「お、リンナさん、ちーす」

 フロアを歩いていると、たまに見知った顔に出くわす。
 以前は、それがとても気まずく、皆私の事を避けていたように思う。けれど、最近は、ごくたまに、こうして立ち止まり手を振る人がいた。

「こんにちは」

 当然、無視するわけには行かない。
 目の前で私を覗き込むのは、サブローさんの同僚、つまり私の元同僚だった人だ。

「オメデタだって? 籍を入れたんだって? あー、残念だな〜、俺だってフリーなんだぜー」

 やたら大袈裟な身振り手振りがおかしい。
 自然に笑いがこぼれた。

「いや、別に残念じゃ無いし、お前がフリーなのは関係無いし」

 すると、隣で不機嫌そうな声がすぐにふって来る。
 繋いだ腕の先、サブローさんは顔をしかめて、相手を威嚇していた。

「あれ? キツキ君、居たの? 別に居なくても良いよ?」

 同僚君も、負けてはいない。
 さも、今気がついたかのようにサブローさんをちらりと見てから、しっしと片手を振った。

「居なくちゃ困るの、これから、パパママ教室だっつーの」

 サブローさんは、振られた手を指で弾きながら大きくため息をついた。
 ちなみに、パパママ教室と言うのは、私達と同じように子供を授かった男女のカップルが、子供をいかように扱って行くかを色々学ぶ場所だ。
 居住区の民間の施設で開催されているのをサブローさんが見つけてきて申し込んだのだ。

「うわっ、さぶっ、さぶいですっ、キツキの口からよもやそんな言葉が出ようとはっ」

 同僚君は、まるで怖いものでも見たかのように振るえあがり、恐れおののく。
 サブローさんは、ちょっとむっとしたように、私の手を引き歩き出した。

「はいはい、寂しい独り者は去れ去れ」

「あ、そんな事言うわけだ」

 この二人は、これで居て仲が良い。
 よく連れ立って飲みに行っているようだし、私が隊に居た頃も二人で話す姿を何度か見た事が有る。

「リンナさん、気を付けなよー、なんせ、キツキは一番あんたの事嫌ってたんだからなー」

 それは、今までにも色んな人に言われた事だし、勿論私だって知らなかったわけじゃない。
 しかし、これだけ沢山の人から言われると、もはや笑うしかない。
 私は、遠くの方でまだ手を振り続けている彼に、軽く手を振ってお辞儀をした。

「あー、もう、何だ奴はっ」

 そして、その話題が出ると、サブローさんは気まずそうに頭を掻いて、唸り声を上げる。
 その姿が、またおかしい。

「一番、嫌っていたんですか?」

 私は、覗き込むようにしてサブローさんを見た。
 すると、顔をしかめたような、困ったような表情で、サブローさんは小さく呟いた。

「だから、その、忘れてくれませんかね?」

 それは無理な話だった。
 昔。まだ私がアーマーに乗って敵パイロットを捕獲していた頃。捕まったパイロットを見た事がある。
 戦場に出てこなければ、捕まる事も無かったのに、と、私は感じていた。
 そんな時、サブローさんが、一人、私に教えてくれたのだ。
 彼が捕まったのは、私に責任がると。
 それまで、軍の人間は、私にそんな事を教えてはくれなかった。私は、言われるがまま力を使い、そんな事考えもしなかった。
 けれど、それを気付かせてくれたのが、サブローさんだ。
 方法は荒っぽくても、一番嫌われていたとしても、懐かしくて大切な私の思い出。
 だから、忘れるわけにはいかない。
 私は首を横に振り、サブローさんの手を少しだけ強く握り返した。
 ああ、そうか。
 手を繋ぐと言う事は、こうして、言い表せないけれど伝えたい感情の代わりなのかもしれない。

「リンナさん、怒ってる?」

 恐る恐る歩き出したサブローさんの言葉がおかしくて、私はまた、笑ってしまった。

2006/09/08

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