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1.ふるえる声

作:かぎ

「やめて…お願い」


 すすり泣くようなか細い声で、はっと我に返る。
 腕の下に、女の泣き顔。がたがたと震える肩。それを抑えつける、俺の身体。
 正常な判断力を失っている。その事だけが、良く分かった。
 自分の行動に呆然としながら、ようやく腕の力を緩める。


「ふ……う…うぅ」


 乱れた服を正しながら、女は座り込み涙を拭った。
 俺は、一体何をしようとした?
 どうして、こんな事に?


 ぐるぐると、疑問だけが、回り続けた。


 校門へ向かう途中の道に、花壇がある。
 その事に気が付いたのは、つい最近だった。理由は簡単で、俺の蹴ったボールがその花壇に落ちたからだ。いや、正確には、落ちて来たボールを困ったように抱えた女の話で、そこが花壇だと分かった。
 女は、今時園芸部に所属していて、毎日花の面倒を見ているような奇特な奴だった。
 しかし、意外に丁寧で。
 意外に可愛く。
 俺は気が付けば、女のそばで土臭い思いをしながら、ぼんやり座っている事が多くなった。


 何の話のついでだったか。
 女の好きな歌手のアルバムを、俺が持っている事が分かった。
 まさかとは思いながらも、聞きに来るかと誘ってみたら、何と女はそのまま俺について来たのだ。
 バカじゃないのか、と。
 一人暮しの男の部屋に、ほいほい遊びに来てどうなるかくらい想像できなかったのか、と。


 いや、違うか。
 女が簡単に男についていくような奴だと、意外に思って悔しかったのかもしれない。


 とにかく、もやもやしながら、気付けば俺は女を抑えこんでいたのだ。
 そして、今に至る。


「……ぅ……」


 驚いたのか怖かったのか、とにかく女は泣き続けていたし。
 今すぐ謝って慰めてやれと、どこからか声がする。
 そんな事をしても、今まで通りに戻るはずも無いだろう?と、別の声。


 部屋には、女の好きだと言った歌手の歌声がやけに大きく響いている。
 俺は、焦って冷静な判断が出来ない。
 気が付けば、ポケットから取り出した携帯を握り締めていた。
 そのカメラ機能を起動させ、女に照準を合わせる。
 パシャパシャと、何度か、携帯の電子音。
 はっとして見上げてくる女に、おれは口の端をゆがめてこう言うしかない。
 すなわち。


「あーあ、写真撮っちゃった」


「……何を…!」


「これさ、ばら撒かれたくなかったら、また来いよ」


 出来るだけ、感情を抑えた冷静な口調。
 動揺で声が震えている事に、気付かれなければ良いのだけれど。



2005/03/29


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