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2.逸らしがちな視線
作:かぎ
弱々しいチャイムの音に、ドアを開ける。すると、うつむいた彼女がぽつんと立ちすくんでいた。その様子に、呆れかえる。
昨日、怯えきった彼女を帰してから、俺は一日を後悔と不安でどろどろになりながら過ごした。冷静に考えれば、あのまま家に辿り着いた彼女が誰かに助けを求めた時点で終わりになるはずだった。携帯の写真だって、別に全裸だったわけじゃない。ただ少し、スカートの裾が乱れていただけなのだ。その上、決定的な事は何も無かったのだ。
すぐに誰かに助けを求めれば良かったのに。
「……座れば?」
「はい……」
俺の後から部屋に入ってきたものの、おどおどと居場所を決めかねている様子に、ソファを指差して座らせる。
何を真面目に俺の言った事に従っているのか。その事がより一層不愉快でむず痒い。
俺は、今まで座っていたソファを退き、ベッドに足を投げ出して座った。枕元にある雑誌を手に取る。勿論の事だが、雑誌の内容など頭に入ってこない。ただ、文字が上から下に流れるだけ。
眼の端で彼女の様子をうかがう。
緊張のためか、うつむいて小さくなっているようだ。決してこちらを見ようとしないし、俺だって真っ直ぐ見れるわけじゃない。
「おい」
何か声をかけなければいけない気がする。
けれど、怯えたようにびくつく彼女の姿を見て、その次の言葉がわからなくなった。
「……いや、その本、取って」
「あ…はい」
震える手で差し出された本を確認。それ以上見ていられなくて、出来るだけ視線を逸らし本を受け取った。
そんな様子で、俺と彼女の奇妙な会合の時間は過ぎて行った。
彼女は毎週月・水・金曜日の放課後にきちんと俺の部屋を尋ねてくるようになった。そして、日が沈む頃帰って行く。その間、お互い殆ど会話は無い。俺が物を取って欲しい時だけ、彼女に打診する。すると彼女は怯えたようにそれを手渡す。泣きそうな表情の時も有ればもの言いたげな時も有る。けれど、彼女は結局何も語らなかった。
学校で出会う事も有る。けれど、その時には気付かぬ振りをして、何も話さない。以前のように、彼女の花壇の作業の傍らで座り込む事も無くなっていた。
しかし、あの時のように、彼女に何かしようとは思わなかった。触れることもなく、声をかけることも無く、ただ、同じ部屋で二人静に過ごしていた。
「……飲めば?」
「あの…いただきます」
それは、何度目の時だったか。
余りに何もする事が無いのもどうかと思って、彼女の為に缶の紅茶を用意した。彼女は驚いたように缶を眺めていたのだが、結局俺からそれを受け取って、飲み始めた。
少しの間だが、彼女の表情が和らいだのを見逃さなかった。
バカ。本当にバカじゃないのかと思う。そんな事に、喜んでる場合じゃないんだよ、お前は。早く、脅して繋ぎとめてる俺みたいな最低な野郎から逃げ出した方がいいんだ。その方が、彼女にとって良いに決まってる。
そう思って、何度追い返そうとした事か。
けれど、結局俺は彼女がそばに居る時を喜んでる…そんな自分も知っていた。
時が経てば経つほど、彼女が居なくなる事を考えると、辛くて恐怖だった。
「何かかければ?」
「……え?」
そして、今日。
彼女はいつものように俺から紅茶を受け取り、ソファに座り込んでいた。やはり何も言葉を交わす事は無いが、彼女が震えて固まっている事も無くなっていた。
逆に、どうして良いか分からなかったので、取り敢えずコンポのリモコンを手渡す。
ラジオでも良いし、確か彼女が好きだと言った歌手のCDがセットされていたはずだ。
ずっと見ているわけにはいかないので、俺はいつものようにまるで読んでいない雑誌をめくって何かしらの音楽がかかるのを待った。
待ったが、何も聞こえてこない。
様子がおかしいので、もう一度彼女を見てみる。
「………?」
どうやら、リモコンと格闘しているらしかった。
どうしたんだろう?
もしかしたら、気に入る曲が無かったのかもしれないと、もう少し様子を見る。
しかし、いくら待っても、状況は変らなかった。相変わらず、彼女はリモコンとコンポに何度も視線を行き来させている。
どうやって声をかけようかと考えたその時、彼女はゆっくり俺のほうを見た。
「あのぅ……どうやって?」
その時の、泣きそうでそれで居て愛らしい顔が忘れられない。
まさか、今の時代に、コンポの使い方が分からぬ人間が居ようとは。
このままでは、吹き出してしまう。そんな危うい思いを抑えこんで、彼女に近づいた。リモコンを取り上げて、CDのリピート再生を開始させる。
「すみません…ボタンが、沢山あって…」
隣からおろおろ言い訳が聞こえてくる。
「あのね…MD付きなんだから、コレくらい普通でしょ?」
そのつたない言い訳に、呆れかえって彼女を見据える。
「そう…ですか…」
そして、だ。
目が合った瞬間に、視線を逸らされた。
やはり、彼女を恐怖が支配している。
その原因は、勿論、俺。
やるせない。
2005/04/01