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3.覗いた横顔
作:かぎ
たらたら帰り道を歩く。
今日はあいつが来ない曜日なので、急いで帰る必要も無い。そう言えば、そろそろ買い置きの食材が乏しかった事を思い出す。
スーパーにでも寄って行くか。
学校の帰りに寄れるスーパーは一軒だけ。小さな店舗だが、インスタントの食材が異常に豊富なのが特徴だ。いかにも俺のような学生がターゲットなのだろう。かく言う、俺だって、非常に重宝させてもらっている。
帰り道はその店の裏口に続くので、家には向かわずぐるりと店の正面を目指した。
ガラス張りの店内を覗きながら今晩のメニューを考える。
一人暮しの学生の食事なんて、沸騰したお湯さえあれば何とかなるのだが、それでも元になる材料も大切だった。たまに冒険心をくすぐるパッケージのカップに出会うのだが、そんな商品に限って後悔だけが残るのだ。だいたい、アスパラとチーズのカップラーメンなんて、考えただけでも気持ちが悪い。俺は、前回の失敗をきちんと覚えていた。
そんなくだらない事を考えながら、下を向いて歩いた。
そろそろ正面かと視線を上げたのだが、丁度スーパーから出てきたそいつに目が行く。
「何やってんの?」
重そうな買い物袋を勝手に取り上げ、声をかける。接触の順番を間違えた気もするが、気にしない。隣の彼女は、驚きのあまり声も出ない様子。無理も無い。俺も驚いている。
こんな風に、街中で出会う事は今まで無かったのに。
ちらりと横顔を覗いて見ると、彼女は困った様に俯いてしまった。いつも、俺の部屋で見せる、あの表情だ。
「………ありがとうございます」
並んで歩いていると、急に消え入りそうな声でそう言われた。俺が、結果的に彼女の荷物持ちになっているからだろう。
別に…そんな礼を言われる事も無いとは思うのだが、こんな風にまるで普通に会話が出来るのがちょっと嬉しい。
「お礼に、夕飯があるんだろう?」
「……えっ?」
調子に乗りすぎたのだろうか。意地悪な提案に、彼女は黙って俯いてしまった。
しまった。何か、次の言葉を捜したのだが、上手い言い訳が思いつかない。
「あの…凝った物は出来ませんが…」
根本的に、この女は隙だらけの様に思う。
普通、一人暮しの自分の部屋に、ほいほい人を呼ぶものではないだろう。
いや、まぁ。俺は彼女を脅している立場だし、二人はきっと普通では無いのだろうけれども。
彼女のマンションは、スーパーから歩いて5分ほどの所だった。
小奇麗に片付けられた部屋。暖かい雰囲気。
殺伐とした俺の部屋とは大違いだった。
そして、差し出されたハンバーグ。
「暖かい飯って、久々」
「……普段は、どんな食事なんですか?」
「砕き豚骨、キムチチゲ、スープはるさめ、もやしみそ、たまごとじうどん」
我ながら、驚愕のバリエーションだ。
「…凄い」
しかし、この女は疑う事を知らないのか。素直に驚く様子が、ちょっと面白い。
「…味の、カップラーメン」
「ん?」
貼りついて固まった表情も、なかなか良いものだと知る。
結局、和やかな雰囲気のまま俺は帰る事にした。こんな暖かい部屋を、壊すのが忍びない。彼女の微笑を、崩すのが、辛い。
帰り際。
ふと思いつく。出された食事に、何もコメントをしていない。
俺の部屋で、怯えたような彼女の顔がちらつく。そんな状態に追いこんだのは、俺なわけで。
けれども、少しだけ。
今この時だけ、コレくらいなら許されないかな?
「本当は…美味かった」
「え?……あ、ありがとうございます…」
ある意味予想通りだったが、嬉しそうな、返事が帰って来た。
やっぱり、この女は、どれほど優しいのかと、ぼんやり思う。
俺は、お前を脅してる酷い奴だろ!だから、俺にそんな感謝の言葉なんて、返さなくて良いんだよ!
……バカ!
本当、俺は、大バカなんだと、改めて思い知る。
2005/04/05