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あの頃の俺×忘却の君 [ 03 ] 作:かぎ
「ねぇ、卯月、四十五行目のこの部分、余分てかゴミだよ、 勝手に僕のシステム弄らないでくれる?」 すぱすぱ煙草を吸いながら、上司が俺の肩を叩いた。 パソコンが並ぶ部屋で煙草は禁物なのになと、ぼんやり思いながら曖昧に頭を下げる。社長の甥だかなんだか、この男はたまに会社へ出かけてきては大きな顔をして怒鳴るのが仕事なのだ。 ヤニがコンピュータにこびり付くのがとにかく嫌だ。 俺は何気なくを装って、上司の手元の煙草をちらりと見た。 「だいたい、この大カッコ、どこに繋がるかもわかんないし、どうにかしてよ」 俺の気持ちには、全く気がつかなかったようだ。この男は、わざわざ紙に印刷したプログラムを俺に大袈裟に見せつけた。 難しい確認の必要も無い小さなサブルーチンを指差しふんぞり返る上司。 横目で俺を盗み見る同僚の視線が痛々しい。 「はあ、では、その処理は本ルーチンに組み込みます」 適当に挨拶し、紙を受け取った。後でシュレッダーの順番待ちをしなければ。余計な仕事が一つ増えた。舌打ちをしたいが、せめて上司が室内から消えるまで我慢する。 「ガンちゃん、災難だね〜」 「……ああ」 「あんまり気にするなよ、いつもの、かまってチャンだから」 「……ああ」 ガンちゃん、と言うのは俺のあだ名だ。子供の頃からそう呼ばれているので、ちゃん付けでも特に違和感は無い。 いかにも、悪ガキとか悪戯が大好きだとか、そんな嫌なガキにつけられるあだ名。 いつもなら、と。 頬杖をつきながら考える。 いつもならば、同僚の言葉に苦笑いをして、受け取った紙をシュレッダーに入れこみ、そのまま不快感も切り刻んでしまうのだ。 けれど、俺は、昨日の彼女の事をぼんやり思っていた。 あの上司は、会社に出てきても誰も構ってくれない。けれど、頭を下げて、仲間に入れてくれとも言えない。仕方が無く、相手を怒らせ相手を悲しませ、自分と関わってくれとねだる。 その姿は、あの頃の俺のようだなと。 今なら分かる。そして、それをされた相手が、どんなに心が痛むのかも想像がつく。それは、きっと、俺が今感じている理不尽な想いよりも悲しく深いものなのだろう。 ガンちゃんと呼ばれる度に、今日はあの頃を思い出していた。 (2005/08/30)
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