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ダイカイテン [ 02 ]
作:かぎ

 勢い良く飛び出た水を、口に含む。瞬間、ひりひりと口内から悲鳴が上がった。

「……ってぇ」

 苦い言葉と共に吐き出したのは、血の混じった赤い液体。殴られて、上手く歯をかみ締める事ができず口の中を切ったのだ。

「だ、大丈夫ですか?」

 ぐすぐすと、鼻を鳴らしながら彼女がハンカチを差し出す。
 男達は飛び散った血に驚いたのか、それとも俺を殴って満足したのか、それ以上何をすることも無く立ち去った。口をゆすぎたいので公園まで行くと言うと、彼女は黙って俺の後に付いてきた。
 ぐすぐすと、彼女がしゃくりあげる。
 訂正。彼女は、泣きそうになりながら、俺の後に付いてきたのだ。

「カッコ悪いな、殴られっぱなしじゃ」

 差し出されたハンカチで口元を拭いながら、自嘲気味に呟いた。カッコ悪いと言うか、情けないと言うか、胸をはれる状況ではない。

「そんな……あの、ありがとうございます」

 それでも、彼女は首を横に振り、それから。
 それから、俺の服の裾を掴んだ。

「本当に、困っていたので……」

 俯いて、消え去りそうな声。
 多分、それは無意識の動作だったのだろう。けれど、俺の中で何かのスイッチが入ってしまった。
 消え去りそうな泣き声で俺に語りかけ。
 震える手で俺の服を掴む。
 そんな彼女が、たまらなく可愛くて、俺はその肩を抱き寄せた。

「……え?」

 俺の腕の中で、びくりと震える彼女。
 その身体が、壊れてしまいそうなほど小さな事に驚く。
 名前も、声も、顔も。
 昔のままの印象だと言うのに。彼女はあの頃とは違う。小さくて、暖かい。

「お前、……小さくなったなぁ」

 昔は、目線もあまり変わることも無かったし、そう言えば身長も同じくらいだったか。何だか、あの頃の感覚がまだ抜けない。
 自分が、少し情けなかった。

「……ガンちゃんが、大きくなったんですよ」

 しかし、
 探る様に俺の背に回される腕と、その言葉に。
 崩れ落ちたのは、俺のほうだったわけなのだけれど。
(2005/10/08)