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変らないもの、ヒトツ [ 01 ]
作:かぎ

 ゆっくりと、吐き出した煙が空へ昇っていく。
 かんかんかんと、どこかで工事の音が響いていた。また、道路が新しく整備されるのだろうか。そうやって、少しずつこの町は変って行く。変らないのは、彼女の閉ざされた心のみ……。
 結局、何を見てもそれの繰り返しだった。
 もう一度、浅く吸い込み、煙を吐き出した。

「ガンちゃん、トラブル?」

 室内は禁煙を心がけているため、煙草を吸う者は屋上に上がってくる。同僚のくわえるタバコに火を貸しながら、俺は静かに首を横に振った。先日納品したシステムは、すこぶる順調だった。俺が驚く程、何事も無く先方に受け入れられたのだ。
 システムにトラブルはつき物だと思う。納品したシステムでトラブルが発生すると、それこそ昼夜関係無く復旧に当たらねばならないので呆ける事もしばしば。
 しかし、今回に限り、システムのトラブルでは無い。
 ただ、胸が苦しいだけ。

「例えば、の、話なんだけど……」

 俺は、隣で座り込む同僚に、そんな風に話し出した。
 自分の中だけでは、堂々巡り、どうしようもなくなっていたから。
 同僚は、そんな俺をどう思ったのだろう? ちらりと俺を見て、うん、と頷いた。

「自分を嫌ってる相手って、どう接したら良いんだろうな?」

 自分の台詞を頭で何度か反芻した。
 間違った事は言っていない筈。だからと言って、到底本当の事は言えないけれど。

「嫌いレベルは?」

 その不確かな情報を、同僚なりに解釈してくれたらしい。
 俺はまたしばらく考え、俯いた。

「……もう会いたくない……くらいかな」

 お前、それ、レベルマックスだな、と。俺の言葉に、同僚が口の端を持ち上げた。しかし、俺は笑えなかった。
 例えば、俺を嫌いだと言う彼女のパラメーターが見えたら、確実にレッドゾーンだろうな、と。ぼんやり考える。
 ため息をつく俺を、同僚がしげしげと見つめてきた。

「めずらしいな、ガンちゃん」

「いや、俺だって、落ち込みますよ、たまには」

 同僚の驚きの言葉に、力無く答える。
 実際、俺の中で、ずしりと重い鉛のような物がひっかかっていた。もっと彼女と話したいと言う気持ちと、彼女へ謝罪したい気持ち。頭の中は、彼女の事ばかりだった。

「いや、違う違う、ガンちゃんをそんな毛嫌いする人間が居たんだなって」

 同僚は、そう言って煙草の煙を吐き出した。

「昔っから、ガンちゃんの周りは、いつも沢山人が集まる印象があるし」

 と。
 それは、止めの一撃だった。
 そんな俺を、彼女はどんな気持ちで見ていたのだろうか。
 いや、見ていたのではない。対峙していたのだ。
 ……最低だ。
 俺は、数を見方に、女の子をいたぶっていた、最低のガキだったんだ。
 遠くで、昼の休憩が終わるチャイムが聞こえる。
 こんな所で考え込んでいても、結局何も変らない。何も分からない。だから、どうすれば良いのかも、当然分からなかった。
(2005/11/17)