Return
望む事はクロスする? [ 01 ]
作:かぎ

 いつもはロッカーの中に放り込んでおく自分の携帯。今日は、朝から俺のキーボードの隣で、いつ電話が来ても良いように待機していた。
 彼女から、電話が来るだろうか?
 いやいや、多分来ないだろうし。
 そもそも、携帯の番号だって、半ば脅しのような状況で聞き出してしまった。

『だって、連絡できないんじゃ、出待ちしか無いし?』

 とか、あの状況で良く言えたものだ。
 彼女の、困ったような驚いたような慌てたような複雑な顔を思い出す。
 面白い。
 そうだ、彼女を見ていると、とても面白い。くるくる変わる表情など、凄く面白くて可愛い。
 俺は、ついに我慢できなくなって、がたりと席を立った。

「キューケー、行ってきまーす」

 遠くの方で新聞を読む上司に、屋上を指差して携帯を持ち上げる。
 周りには、誰も居ない。
 フレックスの環境で、こんなに朝早く出社しているのは俺と上司だけだった。
 上司は、新聞から目を離さず、片手を上げてばいばいと意志表示。
 暇な時に休憩を取っておくのが、うちのフロアのポリシーだった。
 階段を上りながら、考える。
 やはり、いきなり勤務中に電話と言うのは、可哀想な気がする。そう言えば、彼女がどんな会社に居るのか知らない。やっぱり、電話は良くない、きっとそうだ。
 風の吹きすさぶ屋上で、俺は携帯のカメラを構えた。
 パシリ、シャッターを押した後、それを口に咥え火をつけた。
 煙草をふかしながら、メールを打つ。
 さぁ、彼女はどんなメールを返してくれるのだろう?
 それを想像すると、自然に口元が綻ぶ。
 一度、落ちかけた灰を携帯灰皿に移し、それから火を消した。
 もう一度、携帯の画面を確かめ、ようやく送信ボタンを押す。

『何だ? コレ』

 たったこれだけの文字を打つのに、一体何分かかってしまったのか。
 メールが無事送信されたのを確認すると同時に、屋上のドアへ向かう。
 携帯は、スーツの内ポケットへ移動させた。
 メールの内容を思い出す。『何だ? コレ』それは、まさに俺の心情だった。一体何なのか。メールを送るだけの事が、これほど楽しいなんて。いや、携帯で写真を撮る事がこんなに胸踊るなんて。
 携帯を持ち始めてから幾数年、こんな事無かった。
 階段を降りながら、内ポケットの携帯をそっとなぞる。
 これなら、いつ返事が来ても分かるだろう。
 それから、こんなにメールの返事を待ちわびた事など、勿論無かったなと、ぼんやり思った。
(2006/04/16)