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全てを通り越して [ 03 ]
作:かぎ

 いや、夢かもしれない。
 何より、あの木原が俺の部屋にいるのがそもそもおかしい。
 だから、ちょっと確かめたくて、手を伸ばして頭をなでてみる。
 おお、柔らかい髪の感触。木原は驚いたように肩をすくめて、固まってしまった。その反応、本当に本物の木原のようだけれども……?

「何をやっとるか、この、馬鹿息子がっ!」

 瞬間、世界が暗転した。

「ってーーっ」

 頭。
 頭が、イタイ。イタイ。イタイ。
 頭を抱えてのたうち回った。この痛みには覚えがある。痛みをこらえて布団から乗り出し、相手をにらみつけた。

「ちょ、かーちゃんっ、何で?!」

「何でじゃない! あんた、木原さんが知らせてくれなかったらどうしてたかっ、良い歳こいた大人が風邪? は、なさけない」

 俺は、目を白黒させながら、自分の母親を見ていた。
 話が分からない。何が起こっているのか良く分からない。その上、起き上がったら、ふらふらと頭が揺れて、身体だけはふわふわ宙に浮いているみたいだった。

「……、う、あ?」

 しかも、喉がいがいがとして、意識して声を出すと、体力を激しく削られた。

「あ、あの……、寝ていたほうが、良いです、熱が38度もあるんです」

「あーあー、良いんだよ、こんな馬鹿には優しい言葉が一番いけない、調子に乗るからね」

 何か、とんでもなく酷い言葉を書ける母親を無視して、木原を見る。
 彼女は、びくびくとしながら、それでもそっと俺を布団に押し戻した。ぽすんと、静かな音を立てて布団に帰る。

「あ、あの、それでは、私はこれで……」

「ああ、ごめんねぇ、面倒かけて」

 そうすると、目の端で、木原は丁寧にお辞儀をして、そのまま俺に背を向けた。
 あれ?
 あれ?
 おいおいおい。
 待てよ、

「ま……」

 しかし、伸ばした手は、ぱちんとはたかれた。

「あんたは、寝てる」

 母は、それどころか、俺の手をつねりあげる。
 イタイ。
 イタイ。
 それで、何がどうなっているのか?

「明け方の五時よ? 彼女が突然ウチに訪ねて来てね、あんたが倒れてるって、電話があったって」

 母は、呆れたように、俺を覗きこんだ。

「そんな朝早くに、叩き起こされたんだよ、あの子、それを文句も言わず、ウチに来てくれて」

 はぁ、と。
 母は、ため息を漏らした。
 だんだん、ちょっとずつ、沸騰した頭で、なんとなーく、事態が呑み込めたような呑み込めないような……。

「あんた、元気になったら、お礼しなさい」

 ぴしゃり、と。
 最後に言いはなって、母は俺で額を小突いた。

「……、お礼、……」

 そうだな。
 勿論、お礼は、しなくちゃいけないな。
 沈んでいく意識の中で、それだけを心に刻み込んだ。
(2007/05/02)