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全てを通り越して [ 04 ]
作:かぎ

 こないだは、本当に有難う。マジ助かった。正直、死のふちをさまよってたから。
 直接会って、礼が言いたい。
 どこか食べに行きませんか?

 メールを打った。
 もう、送ってしまった。
 体調はすっかり回復している。我ながら、脅威の回復力だと思う。この分だと、明日の日曜は自由に動ける。
 ごろりとベットの上で寝返りを打った。
 返事はない。
 多分ない。
 ない、とは思うけれど、いつまでも携帯を手放す事ができなかった。

 ……お礼、か。
 我ながら、姑息な手段に、失笑する。
 おいおい卯月、彼女の身になって考えてみろよと。
 自分に嫌がらせをしていた男が、しつこくメールしてくるんだぞ。俺は男だから、はっきりと女の気持ちが分かるわけじゃない。けれど、聞いているだけで、不気味な話だ。
 むしろ、訴えられてもおかしくない。
 それでも。
 俺は、携帯を握り締めていた。

 ベッドに足を投げ出し、ぼんやりと時間を過ごした。
 だから、最初は、携帯が震えた事に気がつかなかった。メールは音が出るようにしてるあるのだけれど、着信は考えていない。手が震えている事に気がついて、ようやく携帯の画面を見た。
 心臓が、大きく鳴る。
 もう一度、携帯が震えている事を確認して、通話ボタンを押した。

「もしもし」
『……、……』

 電話の向こうから、言葉が聞こえてこない。

「木原?」
『……、は、い』

 震えるような声が返ってきた。
 俺は、息を整えるために一呼吸置き、ゆっくりと話し始めた。

「昨日は、ありがとう」
『いえ、……』
「それでさ、えっと、何がどうなって木原が来てくれたんだ?」
『……、え』
「覚えて無い。教えて欲しい」

 これは、正直な言葉で、何故彼女が俺の部屋にいたのか良く分かっていない。母親に聞こうとすると、何度か小突かれたので止めた。

『えっと、……、覚えていないって、どこ、から?』
「どこ、と言うか、全部かも。あのさ、どうして俺が熱だしたって分かったの?」
『……、卯月君が、自分で言ったんですよ』
「俺?」

 電話の向こうで、ため息が聞こえる。

『電話、覚えていませんか?』
「全然覚えてない。俺、が、電話したんだ、よな?」
『……はい』

 いや、もしかしたら、意識の端の方で思い出す。
 ぼやけた記憶の中に、彼女との会話が記録されている、気がした。

「あの。朝早くに、ごめんな。ありがとう」
『いえ』

「……」
『……』

 どうしよう。
 このままでは、会話が終わってしまう。
 何か、言葉を、と。
 色々考えている間に、彼女の小さな息遣いが聞こえてきた。

『卯月君』
「……、ん?」
『次からは、私なんかに連絡しないで。もっと親しい友達もいるでしょう? 彼女だっているでしょうし。わ、私になんて、かまわないで、こ、これからは、だから、さ、さよ』
「待った」

 彼女の声を聞きながら、悲鳴をあげるように叫び声を上げる。
 耳元で、すんと言う、彼女の息遣いが聞こえていた。

「待って、待った、ちょっと待って。いやだ。さよならとか、嫌だ。あと、俺彼女いないから」
『……、ぅ』
「聞いてくれ、お前は俺の事嫌いだろうし恨んでるだろうし、そんなの当たり前だと思う、けど、俺は、お前の事が好きだ」

 ぐるぐるぐるぐると、色んな言葉が頭を回る。
 耳元では、彼女のすすり泣く声が響いていた。

『……ぅ、して』
「木原?」
『どうして、ぅ、……、そんな酷い事、言うんですか? 私、を、からかって、楽しい?』
「か、からかってなんて!」
『だって、おかしい、……じゃないですか、あ、あなたは、ずっと、私……、の、事、きらって、いて。……、い、いまさら、そんな事、……、くらいじゃ、だ、だま、され、ません』

 ……、泣くな。
 手を伸ばしても、慰める事もできないじゃないか。

「木原」
『……、ぅ、ふ』
「今家だな? お前、ちょっと、そこで待ってろ」

 俺は、電話を一方的に切ると、ジャケットを握り締めて駆け出した。
(2007/12/28)