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02.秘密の共有
作:かぎ
広い艦内の軍部スペース。その中には談話室や会議室などの様々なスペースが有り、そのスペースの見回りも軍人の仕事だ。日替わり当番制で、それが今日は俺の役目だった。
就寝時間が近づき人気の無くなった施設の鍵周りをチェックするのが主な目的。
だったはずなのだが。
こんな時間に、読書室を陣取る馬鹿が居たから腹が立つのだ。
「っざけんなよ」
怒りに任せて、そいつが腰を落ち着けていた椅子を蹴飛ばした。
ガンと言う音が、静かな室内に響き渡る。
力の加減をしたつもりだったが、それでも足には一瞬鈍い痺れ。
「コラ」
しかし、そいつは一切目を覚まそうとしなかった。
何故こんなところで居眠りをしているのか。
そして、何故それが俺の当番の日なのか。
俺は眠る相手の胸倉を掴み、そのまま身を引き上げた。
「……うぅ」
無理矢理引きずられた相手は、しかし、苦しそうに小さく呻き声をあげただけだった。
指先に触れた首にようやく気がついた。
随分、熱い。
「マジかよ…」
口に出して呟いた。そうして、少しでも気持ちを落ち着けようとしたのだ。
つまり、目の前の女は居眠りをしているのではなく、倒れているのだ。
見つけてしまったから仕方が無い。
俺は舌打ちして部屋に備え付けのインターフォンを手に取った。
『医務室だ』
「読書室で倒れてるんすけど、一名」
現在は戦闘中でもないので、医務室も交代で休みを取るのだろう。
応対に出たのは、医局長だった。
少しだけ緊張して、状況を説明する。とにかく、一刻も早く俺はこの場を離れたかったし、関わり合いになりたくなかった。
『対象者は誰か?識別は?』
「……赤リングですよ」
あくまで相手は冷静だ。
俺は横目で今にも椅子からずり落ちそうな女を確認して、そう返事をする。
特別扱いの女だ、それを聞いたら慌てた医局の奴らがすっ飛んでくるだろうと思ったから。
『了解した、コチラまで運んでくれ』
「…嫌ですが」
『医務室は読書室から出て右に曲がってすぐだ』
当てが外れて、一人顔をしかめる。
仕方が無いので、まだ気が付かない女を担ぎ上げ、読書室を後にした。
確かにぐったりとしていて、何となくヤバイ雰囲気が漂っている。それに身体が非常に熱を持っているようだ。
しかし、何故俺がここまでしなければならないのかと、だんだんムカついて来た。
「キツキ一佐、入ります」
「こちらだ」
医務室に入ると、つい立の奥から医局長の声がする。位置がずれて落ちそうになっていた女をもう一度担ぎ直し、指示通り奥へ踏み入る。
「世話をかけたな、ご苦労」
そこには、手馴れた様子で注射を構える医局長の姿。
用意されていたベットに女を下ろすと、すぐに医局長は女の腕に注射針をつきたてた。
「じゃ、もう良いッすか?」
その様子を横目で見ながら、俺は医局長の返事を待たずに身体をドアの方へ向かわせた。
「キツキ一佐、この事は、ここを出たら忘れるんだ」
しかし、背後から厳しい声が。
この事を、忘れる?
何を言われたのか分からずに、俺は再び医局長と向き合った。
「どう言う事ですか?」
「コレには、代わりが来るまでは働いてもらわねばならない」
向かい合った男は、そう言って女を指差した。しかし、その物言いは、まるで…
「分かるだろう?壊れかけている事が隊員に伝われば不安が広がる」
まるで、物のような。
そうだ、その女が、まるで軍の物品のような言い方だった。
確かに俺はその女が気に入らないのだが、それでも同じ隊の隊員をそんな風に言う目の前の医者の考え方は、もっと気に入らなかった。
「…命令ですか?」
「勿論だ」
俺の反抗的な態度に気が付いたのか、きらりと鋭く医局長は瞳を光らせた。
そう言われては仕方が無い。俺は素早く敬礼し、医務室を後にする。
命令だ、だから、忘れなくては。
本当、鬱陶しい。
そんな秘密、俺には要らない物だった。
2005/05/05