Return
04.涙の福音
作:かぎ
センサに識別コードが引っかかった。あの女のシャトルに俺の機体が追いついたと言う事だろう。これは実にシンプルな作戦だった。
艦を離れる女のシャトルが発射する。少し遅れて表向きは偵察のため、俺の機体が出撃。女のシャトルを発見次第撃破。
けれど、俺は迷っていた。
今まで同じ隊に居た仲間を、撃てと言う。そんな命令有るものか。
機体のライトがシャトルを照らした。モニタにシャトルの映像が送られてくる。俺は、シャトルの速度に合わせて並走し、機体の腕部をシャトルに接触させた。
「……よう」
『え?……』
機体同士の振動を利用して、声をかける。通信を使えば、傍受されるかもしれないから。
「艦を…離れて、これからどこ行くんだ?」
言葉を選びながら、聞いてみた。本当は、何と言えば良いのか分からない。これからどうすれば良いのか分からない。
俺は、どうすれば良い?
『…父と…母に会いに行きます』
しかし、思いの他明るい声で返事が帰って来た。彼女のこんな声を聞いたのははじめてだ。
両親に会いに行くだと?
たまらなくなる。
ダメなんだ。そのシャトルは、もうダメなんだよ。
どうしても、ミサイルのスイッチに手が伸ばせなかった。だって、目の前で女の嬉しそうな声が聞こえている。ついこないだまで、同じ隊に居た女だ。無口で、無愛想で、暗くて、集団生活に全く馴染もうとしない。けれども、同じ戦場を潜り抜けてきた仲間。
俺はミサイルの変わりに、機体ハッチ開放のスイッチに手をかけた。
慎重に目標を定め、シャトルの外壁にへばりつく。そのままパイロットスーツに付属している噴射材で、シャトルの非常ノズルまで飛んだ。
「え?何?」
突然現れた俺を、驚きの表情で彼女が迎えた。しかし、時間が無い。
シャトルを撃つだけの作戦なので、与えられた時間はわずかなのだ。機体の燃料だって、そんなにもたないだろう。
「来いっ」
宇宙服姿で、彼女は相手が誰なのか分かっていないのかもしれない。それでも良い。とにかく、彼女を抱きかかえ眼の端に見えた手荷物を片手に、シャトルを出た。
腕の中で彼女が何か叫んでいる様子。しかし汎用の宇宙服の彼女に比べて、俺のパイロットスーツの方が格段に動きが良い。彼女の抵抗は殆ど意味を成さなかった。機体まで噴射材で一気に飛び、俺は無理矢理コクピットに彼女を押しこんだ。
「何をするんです、お願い、私をあそこに帰してっ」
ハッチを閉め、シャトルと十分距離を取る。耳元で彼女の叫ぶ声がするが、それは後回しだった。
素早くシャトルをロックオンし、ミサイルを発射させる。
ドンと言う爆発音に、彼女が凍りついた。
「いや、お父さん…お母さん…」
錯乱しているのか、おろおろとハッチ開放スイッチへ手を伸ばす。俺は、慌てて自分のヘルメットを脱ぎ捨てた。
無重力のコクピットに、ヘルメットが漂う。
「開けんなよ、俺が死ぬ」
そうだ。宇宙空間にスーツヘルメット無しでは生きられない。彼女が強引に空間に出てしまわないために、俺は俺の命を人質に取ったのだ。
「うう…お願い、私を、あそこに帰して…」
思った通り、彼女は動けなくなってしまった。基本的にお人よしなのだろう。…。だから、利用される。
涙声の彼女のヘルメットも取り外してやる。
ある程度は除去装置が何とかしてくれるのだが、涙があふれて息が出来なくなっては苦しいはずだ。
「ダメだ」
暴れられたら困るので、震える女の肩を抱き寄せる。
「……どうして…」
しかし、女は、涙でくぐもった声。力無く俺の胸をこぶしで叩いただけだった。
2005/05/13