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02.禁忌の痛み
作:かぎ
部屋に帰ると、明かりが灯っていなかった。物音も無い。一体どうした事かと暗闇で目を凝らす。
闇に目が慣れてくると、次第に状況が見えてきた。
いや、コレを状況と言うのだろうか?
俺の部屋はそんなに広くない。簡易キッチンにテーブル、そして備え付けのベッド。大きなモノはそれだけだ。
彼女は、その備え付けのベッドにひっそり座っていた。ひっそりと言うかぼんやりと言うか。俺が部屋に連れてきてベッドに座らせた。そのままの状態だった。あれから、俺が艦長室・食堂と回っている間、ずっとこの様子で座り続けていたのだろうか?
「……」
ベッドの前までずかずかと進み彼女の顔を覗き込んだら、無言で目を逸らされた。まさかとは思っていたが、死んでなくて良かった。
それほど、彼女の様子は空虚なものだったのだ。
しかし、ぼんやりしている様で俺に反応できるのなら、それで良い。むしろ、自分から口をきかないと言う意志表示が子供っぽくて笑える。
「好きなほう取って、夕飯、食ってないよな?」
まだ暖かいバーガーの紙袋を、構わず彼女の膝に乗せてやる。袋の中身は、チーズバーガーとフィッシュバーガー。彼女はどちらを選ぶのだろう?気になる気持ちを抑えて、明かりのスイッチを探す。
「…何?チーズも魚も嫌い?」
部屋が明るくなっても、彼女は困った様に袋を眺めていた。
先程の、目を逸らしたような表情ではない。いかにも困っている様子だ。
スタンダードなサンドを選んだつもりだったのだが、もしかしたら彼女の苦手なものを持ってきてしまったのか?
座る彼女の目線に合わせようと、かがみ込む。
「いえ、その、食べた事が無くて…わかりません…」
そして、彼女の一言を聞いて、そのまま膝と手のひらを床についてしまった。
困ったような真剣な顔。申し訳なさげに見上げる瞳。
冗談を言っているわけでは無さそうだ。
「ごめんなさい…」
俺がオーバーにリアクションしたからか。彼女は俯いて、情けなく謝る。
その彼女を見て、ちくん、と。胸の奥のその先で、何かが痛んだ気がした。
痛む?………。いや。自分の考えに首を振る。
気のせいだと、そう言い聞かせ、フィッシュバーガーの方を彼女に手渡した。
* * *
結局、二人並んでバーガーをかじる。
彼女は俺がする様に包み紙を剥き、必死にかぶりついている。しかし、その様子ではタルタルソースがパンズからはみ出て包み紙の底に溜まってしまうだろう。初心者にありがちなミスだ。
そうとは知らず、必死な様子の彼女の姿が、とても……。
まただ。また、胸の奥で何かが痛む。
「キツキ一佐」
自分の不思議な感覚に難儀していたところ、突然彼女が話しかけてきた。
深く考えるのはよそう。気付いてはいけない痛み、そんな気がする。
思考を切りかえる。
「サブロー」
「え?何です?」
彼女が何か言い出す前に、訂正を求める。
「俺、サブロー・キツキ。リンナさんはもう軍属じゃないんだから、階級付きで呼ぶのは変」
「あ、そうですね。あの…ではキツキ…さん」
意外に素直だ。パイロットの頃は全く交流が無かったが、普通に話せば本当に何てことは無いんだな、と感じた。
その感じに嬉しくなり、俺は更に訂正を求める。
「サブロー」
「……」
俺の言わんとした事が分かったのか。彼女が驚いて少し俯く。
けれど、それも束の間。
彼女は意を決した様に、俺を見上げた。
「では…サブローさん…」
「ん?何?」
今度は、胸の奥と言わず鼓動が一つ大きく鳴った。
彼女に名前を呼ばれただけなのに?
「貴方に本当の家族が出来た時、私は邪魔になる
それに、私は何も貴方にお返しできません…それが…嫌なのです」
それは、そう。触れてはいけない禁忌の痛み。
顔を曇らせ俯く横顔にも息が詰まりそうだ。
「その辺は、突然心配無くなったから、大丈夫」
怪訝な表情の彼女に、笑顔を返す。
簡単な事なのだけれど、胸の奥の痛みも高鳴る鼓動も、この感情に気がついてしまったらもう止まれない。