[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。



Return


04.冷たい硝子の棺

作:かぎ

 いつの間にか眠ってしまった様だ。最近は、居眠りと言う事を覚えた。毛布に包まり本や雑誌を読んでいると、瞼がとても重たくなる。そのうち、読むために眠らないのだか、眠らないために読むのだか、だんだん分からなくなって気が付いたら眠ってしまっているのだ。
 しかも、困った事にそれが至極気持ちが良い。

「ふぁ……」

 自然に口から漏れる、生あくび。完全に開かない目をこすりながら時計を見た。そろそろ、起きて夕食の準備をしないといけない時間だ。
 炊飯器のメモリに合わせて米と水を入れると、温かいご飯が炊ける。野菜を切って炒める時は塩コショウが必要。あの人――サブローさんは、私の作る夕食を食べる。私は、それが嬉しい。良くは分からなかったが、私は、夕食を作って待つのが日課になっていた。

――ウゥーン、ウゥーン

 ようやく、ソファから体を起こした時だ。けたたましいサイレンが鳴り、部屋に備え付けられた警告灯が赤く光った。
 一瞬で身体が硬直する。
 個室の警告灯が光るなんて、ただ事ではない。最近は、大きな戦闘は無かったのだが……。予期せぬ敵が襲ってきたのかも……。
――いや、違うっ
 頭を振り、自分の考えを否定した。戦闘ならば、艦の揺れが無いのはおかしい。爆音も聞こえない。だったら、何だと言うのか。不安が募る。

「……リンナさんっ」

 誰かが、ドアの外から私を呼んだ。

「勝手なんだよっ! 今更彼女をあてにするのか?!」

 それから、激しく怒鳴りつける声。
 それは、サブローさんの声だった。私が……何? その答えは、本当は分かっていた。他人がそうやって、私の名前を呼ぶ時は、決まって私の力が必要な時なのだ。
 ドアが開く。

「頼む、貴方の力を……」

 見たことのある顔だった。医務局長だ。余程切羽詰っているのか、二人はもつれ合う様に、部屋になだれ込んできた。

「だから、もう彼女は軍とは関係無いんだ、それを今更」

 医師と私の間に、強引に割り込み、今度はサブローさんが叫ぶ。私は、彼の背中の後ろで、少しだけ震えた。
 けれど、それもほんの少しの間だ。
 私の力が、必要。その事について、ある種諦めがあった。強要されないだけマシ。手に滲む汗を握り締め、私は一歩前に出た。

「良いのです、お急ぎなのでしょう?」

 出来るだけ、穏やかに、言葉を選ぶ。震える腕を押さえようとしたら、隣からサブローさんの手が下りてきた。彼の手のひらは、暖かい。握られた手は、いつもの様に心地良かった。

 連れられ、到着したのはアーマーの格納庫入り口だった。格納庫内を写し出すモニタを見て、驚愕する。
 部屋の隅で倒れ込む軍人。見たことのある顔もちらほら混じっていた。そして、その中心。
 赤く光る、いや、燃え上がる。
 それは、知っているけれど見た事が無い。

「今は赤リングの抑止フィールドが形成されているが、それもいつまで持つか」

 私達の到着を受け、医療班が駆け寄った。白衣を着た医師達は、焦りと苛立ちで落ち着かない様子。

『いや、いやぁぁぁぁぁ』

 叫び声と共に、衝撃。部屋が揺れた。
 部屋の中から、悲鳴が聞こえる。
 それは、全身を赤い光で包み込んだ。つまりは、力を解放している、セイカの物だった。

「入り口に近づくなっ、あの光に捕まるなよ」

 誰かの掛け声で、その場に立ち尽くしていた人々が後退する。
 私は、見た事が無かった。セイカは、力を開放し、恐らく……。

「コントロールを失ったのですね」

「ああ、ああそうなんだ、どう言うわけか、このままでは彼女の身体が」

 私の言葉に、医局長は呟いた。私達の力を制御するための赤リング。万一、味方に力を使おうとすると、その力を押さえ込むために抑止フィールド自動生成機能が備わっているらしい。
 そして、その結果が目の前のアレだと言う。
 結果、彼女の力は、フィールド内で濃縮され彼女を蝕んだ、と。
 制御出来ないのだろう。ただ、ただ、苦しいだけ。
 彼女を閉じ込める、透明のフィルム。それは、さながら冷たい硝子の棺のようだな、と感じた。

2005/10/26

BackNext