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05.白雪姫の毒
作:かぎ
赤く燃え上がる光の中に、ぽつりと青の光。
彼女は静かに格納庫へ入って来た。そんな事、あたしが許すはずが無い。
だって、あの女はずるい。あたしと同じ筈なのに、一人幸せに暮らしているのはずるい。ちょっとは動揺するかと思った男のほうは、あの女の事を全く疑っていなくてずるい。ずるいずるいずるい。
だから、あんたなんか要らないと。あたしは今まで通り一人でやって行くのだからと。
「がっ……あ、あー……」
叫ぼうとしたけれど、変なのだ。
上手く口が動かない。ひゅーひゅーと、息が漏れる音がヤケに大きいし、力みすぎてお腹が痛い。自分の身体が、震えているのは分かる。けれど、頭は冴えていると思う。
青い光は、あたしの力に混ざる事無く、さりとてあたしを侵略するでもなく。気が付けば、女の腕が伸びてきた。
「……っ!」
触らないで。やめて。
頭の中が沸騰する。やはり声は出なかった。
やがて、あたしは何かに包み込まれた。赤い光はあたしの光。熱く燃え滾っていたはずなのに、今は暖かい。
何て貧相な胸なんだろう。こんなんじゃ、男は喜ばないわよと。それに、あたしはアンタとは違う。アンタみたいに幸せじゃない。同じ力を持っているのに、違うでしょう? と。何度も何度も繰り返し思う。
ただ、あたしを優しく抱きしめた、それはとても心地良く、暖かくて柔らかかった。
「なーんだ……やっぱり、違う……」
いつの間にか、あたしは暖かい光に包まれていた。
これは、違う。あたしの力は相手を侵略し犯して行くもの。けれど、今あたしを包む光は、そうじゃなかった。ただ、優しく包み込むだけ。
「そうです、貴方と私は違う。同じように、貴方と他の人も違う、そうでしょう?」
優しく響くその声の中、あたしは静かに目を閉じた。
赤い光が収まり、何も聞こえなくなった。
最初に扉に手をかけたのは、黙ってモニタを見ていた医務局長だった。俺の横を擦り抜け、散漫な動きで乱暴に部屋に入り込む。
だから、最初俺は、この男が二人に何かするのではないかと疑った。急いで後を追いかけ、
「……セイカっ、しっかり、しっかりしてくれ……」
そして。
軍に入って。この艦に配属されて。
初めて、白衣を着た男が、慌てふためく様子を、目の当たりにした。
次に、男に抱え上げられたセイカ。彼女は、先ほどまでの激しい様子は何も無い。まるで毒が抜けたかのように、静かに眠っていた。
「リンナさん……、大丈夫か?」
「あ……はい」
最後に。
部屋の隅で、セイカを奪う様に取り上げられ、呆然と座り込む彼女に声をかける。
手を差し出すと、よたよたと立ちあがってきた。
「あの……少し待って下さいね……、彼らも治してあげないと」
「ほっときゃいいんだよ、そいつら、皆俺達のこと疑いやがって」
半ば本気でそう思っていたのだが、彼女は困った様に微笑んで一人一人を治療し始めた。セイカは、何故突然あんな事になったのだろうか? 今後、あいつはどうなるのだろうか……いや、これは、きっと医務局長が居る限り大丈夫な気もするけれど。分からない事だらけだ。
「部屋に、戻るか」
「はい……あ、でも、サブローさん……お仕事は」
彼女の手を取り、『どうせ、今日はバックれてもお咎め無しだ』と笑い飛ばす。
一つだけ、分かっていたのは、俺は彼女を大切に思っていることだった。