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1.毒の林檎をくちびるに
作:かぎ
差し出されたリンゴを勢い良く噛み砕いた。
「過保護、過ぎる」
一言一言を区切って、女はわざと力強く俺を指差した。
俺はと言うと、女の視線から逃げる様に、リンゴをもう一つ持ち上げた。
「せっかく、あたしが遊ぼうと思ってたのにさ、なんでアンタがついてくるかな」
「いや、俺は今、何でリンナさんが検査の日に帰る時間が遅いのか分かったぞ」
そうなのだ。
しゃり、と。二つ目のリンゴを噛み砕きながら、俺は目の前の赤リングをはめた女――セイカをちらりと睨んだ。
あの事件以来、リンナさんは決められた身体検査の日の帰りが異常に遅い。
俺は、てっきり身体の調子が悪いのかと心配していたんだけれども。
どうも、他に原因があった様だ。
「お待たせしました……サブローさん……」
お互い、リンゴを頬張りながら睨み合っていると、背後のカーテンが突然開いた。
それから、申し訳なさそうな消え去りそうな声が聞こえる。
「ああ、酷いっ! あたしも待ってたもん、待ってたもん」
リンナさんが出てきた事を確認して、起ち上がった時だ。
隣の女が、俺よりも一歩早く彼女に飛び付き、これ見よがしにリンナさんを抱きしめた。
「ちょ、お前……」
出遅れた俺は、呆然とその様子を見るしかなかった。
何と言っても、セイカの様子が、なんだか今までと違う。まるで持っていた毒が全て抜けてしまった……いや、邪気の無い子供の様だ。甘えるだけ、リンナさんに甘えている感じ。
「そ、そうですね、お待たせしました」
セイカの方がリンナさんよりも背が高い。だから、リンナさんはセイカの腕の中で身動きが取れていないのだけれど、ようやく腕だけを相手の背に回しぽんぽんと落ち着かせる様に何度か叩いた。
俺はその光景を眺めながら、何度か目をこすった。
いけない気がする。
これ以上、この光景を見ていると、倒錯の世界に引きずり込まれそうな気が。
「リンナさん、帰るぞ」
慌てて、二人を引き離そうと腕を伸ばした。
「だーめ、あたし姉さんと遊ぶって……」
俺が近づくと、ひらりと身をかわし、セイカが一歩下がる。
下がって、
何を思ったのか、突然リンナさんを手放した。
「セイカさん……?」
これまで、セイカの良いように振りまわされていたリンナさんが、不思議そうにその名を呼んだ。
次に。
「いってぇ、何しやがる、この女」
俺の足に激痛。
勢い良く、セイカが俺の足を蹴飛ばしたのだ。
「ばーか、行っちゃえ、えっち!」
しかし、当のセイカは、全く悪びれた様子が無い。
舌打ちを一つよこし、ふんと横を向いてしまった。
「では、先生によろしくお伝え下さい」
拳を握り締め憤る俺を、そっと押しながら、隣でリンナさんが丁寧にお辞儀をする。
一体なんだと言うのか。
医務室を出て廊下を歩いていても、腑に落ちない。
「それ、何ですか?」
俺に手を引かれながら、リンナさんがようやく口を開いたのは、廊下を二つも曲がった時だった。
あまりの理不尽な扱いに、俺は食べていたリンゴを持ってきてしまったのだ。それを指差し、リンナさんは不思議そう。
「リンゴ、あの女、毒でも盛ってんじゃないだろうな」
ぴたりと足を止め、俺はリンゴを睨みつけた。
そもそも、何故あの女は医務室で待ち構えていたのか。
それは、リンナさんを待っていたのだろうか。
今まで、リンナさんを狙う男は居なかったので、その、つまり。
軽く嫉妬していた。
「そ、そんな事有りませんよ」
俺の気持ちを知ってか知らずか。
リンナさんは、しゃりと、残ったリンゴを口に含んだ。