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4.欺いていたとしても、ゆるせますか
作:かぎ
何て事だ、と、我ながら思う。ここで自分が動揺してはいけないのだけれども、上手く言葉が見つからないのだ。
抱きしめた彼女が、事の他震えていた事も俺を動揺させた。
彼女は、きっと不安なのだろう。そりゃあそうだ、何と言ってもこのままだと、未婚の母になってしまうのだから。俺は、この何秒かの間に激しく自分を責めた。子供が出来たと言うのは、まだ実感は無いがそれでも嬉しい。けれど、普通は結婚してからだろう? 何をやっていたんだ、俺は。
震える彼女をもう一度抱きしめた。
それから、俺は意を決して彼女に告白した。つまり――
「リンナさん、結婚しよう」
色々言いたい事はあったけれど、結局言葉が追いつかない。ずっと彼女と一緒に居たはずなのに、こんな簡単な言葉を出し惜しみしていたなんて。彼女の様子がおかしいのは、だから、きっと、不安なのだと思った。
彼女の言葉を、聞くまでは。
「……、何を言っているんです?」
凛とした彼女の声が、静かに部屋に響いた。
こんなに震えている彼女だったけれども、何故か声だけは静かに響いた。
俺は、その時、懐かしい感覚を思い出す。
彼女の居眠りを覗き込んでいたら、慌てたように眼を覚ましおろおろと見上げる彼女。はじめて作った野菜炒めに、調味料が入っていない事を指摘され泣き出しそうだった彼女。寝起きにキスをしたら、驚いたように立ちすくんでしまった彼女。バーガーを食べた事が無いと、困惑していた彼女。
いや、そのどれとも違う。
静かで、
その声はとても静かで。
抑揚も無い、感情も分からない。
そして、どんな歌よりも清廉でクリアな音質。
俺は、どこかで聞いた頃がある。どこかで、こんな彼女を見た事がある。
そうだ、広い星の海の真中で、彼女を拾ったあの時。両親の後を追うと、固く誓っていた彼女。
あの時の彼女が、ここに、居る。
「あなたにとって利用価値が無いのなら、私はここに居る理由が無い」
震えているのに……。俺は、ぼんやりと、その事を不思議に思った。
俺の中で震えているのに、彼女は見た事も無いような、いや俺は良くその顔を知っているんだけれども、何の感情も無い無表情なのは何故なのか。
いや、と、ようやく俺は目の前の彼女に追いついた。
「利用価値? 何言うの、俺はそんな事のために」
ぞっとした。
今彼女が何を思うのか。それを考えると、心底震えた。何故震えるのか? 恐怖では無い。そう、これは……。
「そうじゃないだろ、俺は、俺の気持ちはそうじゃないっ」
怒りのままに叫んだ。
利用?
何の事なのか。今まで温めてきた彼女への気持ちが、彼女のその一言で全て否定された気がした。いや、実際、それは否定だったのだろう。俺の気持ちなど何も伝わっていなかったのだ。
彼女は、俺に、ずっと利用されていると思っていたのか?
よろよろと、彼女から離れて後ずさる。
だったら、何故俺に抱かれた?
何故俺の隣で笑う?
何故……。
俺は全てが崩れ去るような感覚の中で、彼女を見据えた。
何故……。いや、俺はずっと、彼女も同じ気持ちだと思っていたのだ。それが、全て裏切られていた、そう、それが、悔しい。
2006/05/21
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