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03.震えるつま先
作:かぎ
良く見ると、つま先立ちだった。その上、上手く力が入らないのか足元が微妙に震えている。
それでも、彼女はそんな事気にならないと言う感じで、自分よりもずっと大きなアーマーの先端を真剣に洗浄していた。
しかし、あと少しの所で高さが足りない。先端の先を拭くのに、手間取っている様子だった。
「……、あのよぉ」
「何でしょう?」
折角声をかけたのに、彼女はアーマーを磨くのに必死だったのか、全く俺のほうを見ようともしない。
俺は俺で、自分がどんな表情なのか、いや、情けないほど戸惑っていたので、俯いてしまった。
例えば、『あいつになびくなよ』とか、『お前、まさかあんな奴、好みじゃないよな?』とか、気軽に言う事が出来ればどんなに楽だろうか。
彼女を落すと、下品な笑いを浮かべた奴の顔を思い出す。
とにかく、俺の全財産にかけて、この女があの男に落されてはいかんのだ。
とにかく、そうなのだ。
俺は、一応、そうやって自分の気持ちを奮い立たせた。そして、彼女の手から強引に雑巾を奪う。
「エザキ中尉? 何を……」
彼女の声を無視するかのように、俺はアーマーの先端をさっさと拭いた。
かろうじて、俺のほうが身長が高くてヨカッタ。
「あのよ、踏み台を使うとか考えないわけ? イラつくぜ、まったく」
雑巾を返しながら、ついいつもの調子で悪態をつく。
しまったと思った時には、彼女の表情がイヤと言うほど不機嫌そうなものに変ってしまった。
「わざわざ、そんな事を言いに来たんですか?」
冷たい言葉が、身にしみて痛い。
その時だ、背後でばたばたと足音が近づいて来た。
「中尉、隊員六名揃いました!」
代表の一人が、そう言いながら俺の腕をぐいと引っ張る。
「ずるいですよ! 中尉、カケに仕込みは無しです」
そうして、耳元で咎められた。
俺は、あわてて首を横に振る。
「ないないないない」
未遂に終わったから、と言う言葉を飲み込んで、皆にアピールした。
それから、ちらりと彼女を盗み見る。急に現れた男子の集団に不思議な表情を浮かべたけれど、結局、また作業に戻ったようだ。
「もう、お願いしますよ、中尉、あいつ今から行くみたいですし」
集団は、そのまま物陰に隠れるように、身を潜め彼女を見る。
丁度、俺達の真向かいには、彼女に話しかける準備を整えた男の姿が見えた。
ああ、どうか彼女があんな奴になびきませんように、と。
俺はきっと、自分の全財産を思って、祈りつづけた。
2006/01/15
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