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04.睦言
作:かぎ
「実は、前から貴方の事、ずっと見てました」
男の歯の浮くような台詞を遠くで聞きながら、ぎりぎりと奥歯をかみ締める。柱の影から見えるのは彼女の背のみ。
俺のまわりから、くっくっと言う忍び笑いがいくつも聞こえてきた。
俺は内心気が気じゃない。柱の影から少しだけ身を乗り出し様子をうかがう。どうやら、彼女は少し俯いているようだ。どんな表情なのかは分からない、それが俺を一層いらだたせた。
「素敵な貴方の隣に俺は居たい、ダメですか?」
彼女の返事が無いのを良い事に、男は更に一歩彼女へ近づいた。髪をかきあげる仕草が憎い。
いつものように、男なんか怒鳴り飛ばしてしまえば良いのに! 俺は、俯く彼女に心からエールを送った。
「おい、どうよどうよ?」
「わかんね、でも、雰囲気出てるぅーっ」
茶化すような小声のやり取りに、回りの連中は腹を抱えて必死に爆笑を堪えていた。
俺だけ一人、肩を振るわせる。
出てない、雰囲気なんて出ない!
そう怒鳴ってやりたいのを、何とか堪えていた。
「……、ごめんなさい、貴方の事良く知らないわ」
そんな中、小さな彼女の声が耳に届いた。
彼女は首を横に振り、また俯く。
ごめんなさい、ごめんなさい、彼女の言葉を頭の中で何度か反芻し、俺は立ちあがった。
うっしゃぁ、心の中で叫び、ガッツポーズを取る。
「ええー、何だよ」
「おいおいおいおい、手ぇ抜いてんじゃねぇの?」
そして、俺の回りの野郎どもは、ざわざわと悔しがる。
やっぱりな、彼女はあんな奴の甘い言葉になんか惑わされない。俺の思った通りだ、と、俺は勝利の余韻に浸った。何だか、とても嬉しい。
「おーい、すまん、ダメだったー」
ところで、ごめんなさいと振られた男が、大声で叫びこちらへ手を振った。
驚いたように、彼女はゆっくりと振り向いた。
一人立ちあがっていた俺。
中途半端に腕を持ち上げたポーズのまま、彼女と一瞬目が合った。
ぎくり、と、身体がすくみ上がる。
俺は、何を……、
「残念でしたー、お、もしかして本気で告られたと思いました?」
「ないないない、って、フラレ君は落ち込んでますかぁー?」
「ばっか、超悲しいぜ、賭けに失敗とか、ありえねぇ」
いつの間にか、彼女を囲むように野郎どもが笑い始める。
彼女は、全てを理解したのか、一度目を閉じそしてため息をついた。
「あんた達、とっとと仕事に戻りなっ」
賭けに負けたと盛り上がる野郎をしっしと追い払う。
冷ややかな視線と強い口調に、皆諦めたように歩き出した。
勿論、俺も皆を追いかけるように歩き出したのだが……。
どこか、胸にもやがかかってしまったようだ。自分が歩いているのか、周りが何と言っているのか、良く分からなかった。ふらふらと、揺れるように前を歩く野郎の後について行くだけ。
ふ、と気になって、立ち止まる。
恐る恐る振り向いたが、もうそこに彼女の姿は無かった。
賭けに勝って嬉しい?
彼女が男になびかなくて良かった?
いいや、彼女の去った作業場で、苦々しい思いが俺の全身を駆け抜けた。
2006/05/04
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