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06.甘い接吻
作:かぎ
正門の柱の影に身を隠しながら、静かに待った。
とにかく、部下達にからかわれるのが嫌でさっさと今日は退散する事にした。けれども、やはり、彼女の事が気になって仕方が無い。あのままうやむやにしておいて良いのか? いや、彼女なら、きっと明日には何事も無かったように仕事に出て来るだろう。
けれど、俺は、それは嫌だった。
最近、嫌な事だらけだ。
しかも、イラつく。何故、こんなにアイツの事で悩まねばならないのか。
とにかく、俺は、正門の柱の影で、あいつが出てくるのを待った。腕時計を確認する。そろそろ、作業も終了して居るはずだ。
やがて、ざわざわと騒がしい集団の足音が聞こえてきた。聞き覚えの有る声に、一層身を低くする。まずいまずい。先に帰ったはずなのに、こんな所で身を隠している俺の姿を部下に知られるわけにはいかなかった。
やがて、集団が門から離れて行く様子を見て、ほっと胸をなでおろす。どうやら、気付かれた様子は無い。
さて、そうしながら何人かの背中を見送った後、ついに目的の人物が門に向かってきた。
俺は、慎重に、怪しまれないように、できるだけ笑顔で、声をかけた。
「よぉ」
軽く手を挙げて挨拶したのに、女はそのまま俺の横を無言で通りすぎる。
無視された事にショックを受けながらも、俺はその後を慌てて追い、女の腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待てって」
「何かご用ですか?」
女は振り向かない。
足を止めて、冷たい声で俺を牽制した。
ご用ですか、と聞かれても、特に用は無い。いや、用が無いわけでは無いのだが、具体的に何をどうしたいのか俺自信分かっていないのだ。
けれど、このまま、こいつを放って置くのは、いけない。それだけが頭の中にあった。
腕に力を込めて、強引にこちらを向かせる。
「もう、いいでしょう? これ以上私をからかっても何も出ませんよ」
女の言葉は、その表情とは裏腹に、辛く、苦しくて、とても見ていられなかった。
だから、これ以上、こいつを喋らせてはいけない。
冷たく苦い表情を作る女を引き寄せ、その口を塞ぐ。
がん。
空いている方の腕で、胸を殴られた。
痛い。
がんがん。
女の顔を支えている腕に、直接攻撃が来る。
痛い。
けれど、俺はいつの間にか目を閉じて、ゆっくりとそれを味わっていた。
頭の上から痺れてくるような、甘ったるい感覚。
遅れてくる、鈍い痛み。
ついに、蹴りが来たか。
仕方が無いので、ほんの少しだけ女と距離を取る。けれど、まだ、自由にはさせない。
女の肩の上から、俺は肝心な事をようやく聞いた。
「お前、名前は?」
「何するんですかっ、やめて、離してください中尉っ」
暴れる女を押さえ込み、重ねて問う。
「名前は?」
「……、ウエヤマです」
何とか俺から離れようとする女を、ようやく抱きしめ、肩をたたく。
落ちついて欲しい。
あと、落ちつけ、俺。
「名前は?」
「……、ルリ」
俺の腕の中で、ため息をつく彼女を、更に抱きしめ、その名前をかみ締めた。
2006/09/07
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