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07.全て曝けだすように
作:かぎ
「じゃ、行くぞ」
俺はそのまま女の手を取って歩き出した。力を込めているので、有無を言わせない。多分この手を離したら、女……ルリは逃げ出すに違いないと言う確かな手応えが有る。何より、俺は前に進んでいるのに後方のルリは必死に留まろうとするので、思うように前には進めなかった。
「いい加減にしてくださいっ、何のつもりですか!」
背後から、棘の有る声が聞こえた。
幸い、軍施設の入り口を通る道は人気が無く、沈む夕陽が照らしているのは俺達くらいだった。だからこそ、ルリは大きな声を上げたのかもしれないけれど、俺は辺りを何度か確認してからため息をついた。
「あいつらから巻き上げた金、お前にも権利有るからな、うまいもんでも食いに……」
「ふざけないで、どうして私と関係が……」
俺が胸のポケットからひらひらと取り出した札束を見て、ルリは言葉の途中ではっと息を飲み込んだ。そう、これは賭けに勝った俺の金であり、彼女の心の痛みでも有る。勿論、これっぽっちの金で彼女の心が測れる訳が無いのだけれど。
「あ、いや、だから、そう、うまいもんでも食って忘れて」
彼女のはっきりとした拒絶の瞳を見て、若干勢いを無くしてしまった。
ついに立ち止まる。
ただ、手は離さない。と言うか、離せばそのまま逃げられそうだった。
「……、勝手な……、お一人でどうぞ、いえ、そうですね他の人をお誘いになれば良いじゃないですか」
しかし、絶対に手を離さない。
ルリは、諦めたのか、それだけ言ってそっぽを向いてしまった。
他の女を誘えば良いだと?
俺は、はっきりと頭に血が上る。何と言う可愛くない女だ。いつもいつも可愛げが無くて、だからあいつらに賭けのネタにされるんだ。いや、それは賭けのネタにした俺達もちょっとは悪い。……、多分、ちょっとどころか、沢山悪いんだろう。けれど、俺がこんなに誘っているのに、そんな頑なに拒否するのはいかがなものか。
握り締めた腕に、更に力を込める。
「煩い、だいたい、俺はお前と行きたいって、言ってるんだ」
そう。
他の誰でもない、俺はウエヤマ・ルリと言う女が良いんだと、叫んだ。
それは、俺の本心を全て曝け出すような一言。
驚いた女の顔は、夕陽に照らされてほのかに赤い。
それは、まるで俺を写す鏡のようで。
今までどんな女を誘ってもふられてもへらへら笑っていた俺は、多分、顔から火を吹いたように真っ赤になって居たはずだった。
もう一度、女を見る。
今度は、その静寂に耐えられなくなって、俺が視線を外した。
同時に、女を捕まえていた手も離す。
「わりぃ、……」
言葉は続かなかった。
女に拒絶されるのが、これほど辛いなんて知らなかった。もう、ルリの顔を見る事さえできない。本心を言葉にする事が、こんなに力がいるなんて知らなかった。
ルリに背を向けて歩き出す。
たしたしたし、と、背後から遠慮気味に聞こえてくる足音。
疑いながら振り向くと、困ったように彼女がついてきていた。
「何? 結局、ついてくるわけ?」
「……、からかっているわけじゃ、無いんですね?」
何かのスイッチで切り替わっているのかと、疑いたくなるほどルリは穏やかだった。
静かに首を傾げる様が、不思議と愛嬌が有ると感じる。
「そんなんじゃねぇよ、って、言ってるだろ」
もう一度、手を取る。
いつもより、少しだけ早い心臓の音。
女と並んで歩くのが、こんなに嬉しいものだなんて実ははじめて知った。
それだけは、内緒にしようとこっそり思う。
2006/10/29
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