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08.もっと、奥

作:かぎ

 入ったのは、丁寧に仕上げた家庭料理を出してくれる料理屋だった。席は布のロールカーテンで区切られており、ちょっとした個室のようになっている。酒も呑めるが、ルリが首を横に振ったので、お互い熱いお茶を入れてもらった。
 そのお茶を、一口口に含み、ルリは辺りをゆっくりと見回した。

「意外です」

「何でかな、すげー馬鹿にされた気分だな」

 湯飲みをテーブルに置き、ちょっと睨みつける。
 けれど、ルリは口元でくすりと笑っただけだった。それが酷く魅力的に思えるのだから、きっとどうかしている。どこを見て良いのか分からなくなって、結局横を向く。

「だって、中尉と言ったら、いつも皆と飲み歩いているイメージがあるんです」

 ここで、最初の料理が運ばれてきた。
 ルリは、そう言いながらも、丁寧に小皿に料理を分けてくれる。俺は、箸を割りながら、顔をしかめた。

「つーか、飲むくらい良いじゃねぇかよ」

「だから、こんな素敵なお店、ご存知なのが意外です、ん、美味しい」

 微妙に憎まれ口な事が気になるが、ルリはおおむね上機嫌だった。何となく俺を安心させる。

「あのなあ、俺だってたまには一人になりたいときもある」

 だから、つい、ポロリとそんな事を呟いてしまった。
 自分らしくないと感じて、あわてて箸を進める。確かに、皆と飲んで騒いでいるときは楽しい。けれど、心のどこか、もっと奥の方で、時々感じることがある。
 それは、

「……、さびしい、時ってあるのかな」

 彼女が呟いた言葉に、どきりとする。それは、まさに俺の言葉だった。心を見透かされた気がして、心臓が一つ大きくなる。
 ちらりと見た彼女の顔は、戸惑ったように真剣だった。
 さびしい。
 確かに、それは、どこかで感じていた事だ。どんなに大げさに騒いでも、どこかさびしい。まるで、半身をどこかに置き忘れてきたような感覚。そんな時、俺はこの店で、一人落ち着いて食事をしたりする。
 そういえば、本当に、どうして今日この店を俺は選んだのだろう?
 一つ言える事は、

「あれだ、結局、一人身は寂しいって事だ」

 言葉にしたら、簡単なことだった。

「え? 中尉、本当に一人身で?」

 ぽかんと、ルリが口を開いた。
 その一言が、ぐさりと心に突き刺さる。

「……、悪いかよ」

「あ、いえ、その、あんなに女の子に声をかけているから、その、色々と……」

 一つ一つ、ぐさりぐさりと、言葉が突き刺さる。確かに、冗談交じりで女に声をかける事は多い、かもしれない。けれど、事ある毎に、俺の試みを邪魔したのは誰なのかと問いたい。
 無言で睨んでやると、ルリは困ったように首をかしげた。

「えっと、ごめんなさい」

「そういうお前はどうなんだよ」

 運ばれてきた小鉢をつつきながら、俺は申し訳なさそうにうつむく彼女に、すっかり気になっている事を聞いた。それは、やっぱり、気になる。凄く気になる。

「そういう人がいたら、寂しいなんて思わないんですけどね」

「なんだ、寂しい時は、誘ってやるよ」

 だから、彼女の言葉は、俺には嬉しかった。上機嫌で、そういった俺を、彼女が睨む。

「誘って、やる、って、威張って言うことですか?」

 大きくため息をつく彼女。
 その言い草は、かわいくない。何て可愛くない女なんだろう。

「うるさい、黙って頷けよ」

 けれど、何故か、俺はおかしくて笑ってしまった。

有罪の果物の味#10 >> お題提供:アンゼリカ


2007/04/17


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