Return


5.この瞬間を待っていた

作:かぎ

 その噂は、すぐに学内に広がった。
 何と言っても、校門前で告白だ。ギャラリーは多数。その上、相手の男は誠実そうだったし彼女は可愛いし。
 俺の周りでも、皆その話題に夢中だった。


「わかったぜよ、皆の衆」


 ふんと得意げに友人のヤッタが胸を逸らした。
 この男は、授業間の休み毎に弾丸の如く教室を飛び出し、気が付けばクラスの真中で情報公開ショーを繰り広げている。今日一日ずっとだ。おかげで、聞きたくない衝撃の新事実が、どんどん俺の耳にも入ってくるのだ。


「フウコちゃんとお相手の彼が園芸クラブの交流で知り合ったのは、最早周知の事実」

 それは朝から、延々とヤッタから聞かされた事だ。耳タコ。


「んで!一部情報によると、彼は今日の放課後フウコちゃんを迎えに来るそうだぞ」


 その情報に、教室内は騒然となる。最近特に気になるニュースも無かったので、皆、珍しいものが見れると言う野次馬根性がフルに動き出したのだ。また放課後も、彼女は見世物になるのか。


「静かな愛を育んできた二人の行く末は…以下次号」


 両手を胸の前で組み合わせ、ヤッタはそう締めくくった。
 と言うか、何故、両思い前提の話なんだろう。それだけ、はたから見ればあの二人がお似合いと言うのだろうか。
 何だか俺は、やるせなくなって教室を出た。


「あれ、アンちゃんどこ行くの?」


「便所」


 非常に上機嫌なヤッタを背に教室のドアを閉めた。
 当然だが、本当に便所なわけは無い。ふらふらと中庭に出てみた。ここからでも、あいつの花壇が見える。青くて小さな花が、綺麗に並んでいる様だ。
 一息つく。腕時計を確認した。


「………秋瀬…くん」


 その時。
 遠慮がちな声が、俺を呼んだ。
 背後に、小さな気配を感じる。
 けれど、振り向けなかった。一体、どう言う顔をすれば良いのか。


「何?」


 短い言葉で問い返すと、びくりと空気が震える。
 怯えているんだと思う。
 この女は、いつもそうだ。俺と居る時はいつも怯えてばかりで。勿論そうなった原因は俺にあるのだけれど、俺だって、こいつが震えているとどうして良いか分からないのだ。


「あの…私…その…どう、すれば」


 そっか。
 そこで、俺は、ようやく気がつく。
 いや本当は、この瞬間を待っていたんだと思う。
 彼女があの男と付き合えば、俺の事も話すだろう。
 すると、相談を受けた男は、俺と彼女を引き離すだろう。
 ようやく、彼女は、俺から逃れられるわけだ。
 ようやく、彼女に安息や幸せが訪れるだろう。


「…勝手にすれば?」


 だから俺は、吐き捨てる様にそんな言葉を残して、教室に向かった。
 彼女の事を思うなら、きっと、こうするのが一番いい。
 俺は、自分勝手に彼女を拘束して。自分の都合で彼女を振りまわして。
 全部全部、自分のためだけ。
 本当は、こんな事、許されるはず無いのだけど。


「でも、俺は、お前が好きだ」


 振り向いて叫んだ俺の声は、チャイムの音と重なって。
 彼女に届いたかどうか、分からなかった。



2005/04/18


BackNext