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1.息が、つまるほど

作:かぎ

『でも、俺は、お前が好きだ』


 そんな風に聞こえた気がした。
 けれども、実際はチャイムの音が重なって、良く聞き取れなかったのだ。
 だから、そんな風に聞こえたのならとても嬉しいけれど、多分私が見た都合の良い夢だと思う。あの人は、学校で話しかけた私を、鬱陶しそうに見ていたのだから。


「疲れたかな?大丈夫?」


「ううん、平気」


 心配そうに声をかけられて、何でも無い風に笑顔で返した。私の隣に居るのはあの人ではない。私の様子に、安心したのか安堵の表情を浮かべた、彼は春名君。
 園芸部の交流で、時々話した事の有る人だ。隣の学校に通っている。それを、今日はわざわざ私を迎えに来てくれたらしい。
 今朝、私はこの人に、その、告白された。
 とてもストレートで、曇りの無い表情が印象的。沢山の生徒が通う校門前と言う所がかなり驚かされたが、真剣な事だけは伝わってきた。


「歩くの速い?」


 二人並んで歩いている所を、同じ学校の生徒に散々冷やかされていたので、正直私のほうが早足だったのだが、彼は自分のペースが悪いのかと遠慮してくれているのだ。
 そんな事は無いと、首を横に振る。


「そっか、でも、ゆっくり歩くとずっといっしょに居られるんだけどね」


 そして、春名君は屈託無く笑った。
 私もつられて笑顔がこぼれる。きっと、話していると安らぐ人なんだと思う。


「急かすつもりは無いけど、でもフウコさん、今朝の返事そろそろ聞いていいかな?」


 何となく、雰囲気が穏やかになっていた。
 立ち止まった春名君とその言葉に、どきりと胸が鳴る。
 目の前の彼は、とても優しくて、素直で、気持ちが良いくらいにストレートに感情を表現する。素敵な人だった。
 こんな人と一緒に居ると、心が落ち着くし楽しいのだろう。
 こんな人とずっと居られたら、幸せなんだと思う。
 また、一つ、鼓動が高鳴る。
 だから、私は決めなくてはいけない。
 そばに居ても恐怖だけで、何を思うのか全く分からなくて、何も言ってくれなくて、酷い命令ばかりする、そんなあの人とは大違いなのだ。
 あの人の部屋で過ごしていても、私は楽しく無いし寂しいばかりだし。
 けれど、春名君と並んで過ごす日々を想像してみても、息がつまるほどの喪失感しかないのは何故だろう。
 私は、春名君を見上げた。
 そう、誰に命令されたのでもない。今は自分で一歩を踏み出さなければならないのだと思うから。



2005/04/23


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