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2.とどかない

作:かぎ

 いつもの様に、小さくチャイムを鳴らす。しばらくすると、あの人は面倒くさそうにドアを開けてくれる。
 ハズだった。
 しばらく待ったが、中からは何の気配も感じられない。
 今まで一度もこんな事は無かった。私が訪ねて来る日は、あの人はいつも部屋の中に居たから。
 どうしたら良いのか。迷っていると、背後から階段を上る音がする。振り向くと、彼の横顔が見えた。
 かばんを持つ手を肩に掛けている様子だ。かばんの他にビニールの袋も一緒なので、どこか買い物の帰りかもしれない。
 何と声をかければ良いのか分からずに居ると、階段を上りきった所で彼も私を見つけたようだ。私の姿を見て一瞬立ち止まり、しかしすたすたと扉に向かってきた。
 彼は何も言わず私の前で扉の鍵を開き、部屋に入ってしまった。慌てて、閉じかけた扉のノブを掴む。そのまま力任せに閉められてしまったら、永遠に開かないのではないかと焦ったけれど、私がノブをつかんだのが分かったのか彼は無理に扉を閉じる力を緩めた様だ。
 恐る恐る部屋に入ってみると、彼はかばんをベットに投げ出して部屋の入り口に突っ立っていた。私からは背中しか見えないので、どんな表情かは分からない。いつもなら、彼がベットに座り私はソファに落ち着くのだが、コレではどうすれば良いのか。


「……何か用?」


「用って…」


 その冷たい物言いに、ぞっとした。
 それは、もう、私には用が無いと言う、彼の意思のような気がしたから。
 その拒絶を感じたら、何を言えば良いのか分からなくなる。言葉に詰まって、俯いた。スカートの上で強く握った自分の拳が眼に入る。


「お前、何で来るんだよ」


「…え?」


 震えている、気がする。


「あいつンとこ、行きゃいーじゃねーか」


「……っ」


 息を呑んだのは、私。
 けれど、変なのだ。


「何か言えよ」


「…秋…瀬…くん?」


 彼の様子がおかしい。
 本当にあまりしゃべらない人なのだ。この部屋では特にそうなのだが、例えば以前学校の花壇で並んで座っていた頃も、同じ感じ。私がこんこんと花の話をする横で、興味なさげに時々相槌を打つ、そんな様子だった。
 だから、彼がこんなに話すのははじめてだった。
 驚いて声が出ない。
 しばしの沈黙の後、彼は勢いよく振り向いた。


「お前は、俺と居る時はいつも怯えてて、」


 彼の大きな声も、はじめて聞く。


「お前が震えてると、どうして良いかわかんねーよ」


 私は、本当に驚いていて。
 彼がそんな風に思っていたのも、知らなかった。
 早く、何か、話さないと、と。焦るほど、声が出ない。
 何も言わない私の様子に業を煮やしたのか、彼が私の腕を掴んで身体を動かした。


「もういい、もう良いから、」


「……何を…」


 私は引きずられて、玄関まで後退した。


「もう、来なくて良いから、帰れ」


 そして、突き放される。
 脳裏に焼きついたのは、彼の苦しそうな顔。
 彼の言葉を、飲みこむ。
 それは、
 その言葉は、


「それは、いやですっ」


 私は、勢い任せに彼の身体にしがみついた。
 そんな、怖い事は言わないでと。
 そんな、寂しい事は嫌だと。
 何も言わなければこの思いはとどかないのだと、分かっているけれど、涙があふれてくる。



2005/04/26


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